多忙なときほど効く。服をたたんで自分を整える感覚

衣類をたたんで置いている図

最近、家事をしたり身の回りを整えたりすることで、自分自身の心も整うな、という感覚があります。

この時点で「わかる!」と思う方はいるかもしれませんね。
というか、似たようなことを発信している人もたくさんいると思いますが、私なりのことばで書いてみます!

部屋の状態は心の状態を反映している

仕事が立て込んで余裕がないとき、家の中が散らかったり、ゴミが溜まったり……という状態が続くことがあります。
まあ余裕がないんだからそうなっちゃいますよね〜

そんな日の夜、遅くまで働いてへとへとになって帰宅し、家のドアを開ける。
その瞬間に目に飛び込んでくるのがめちゃくちゃに散らかった部屋だと、なんだか余裕のなさを突きつけられている気分になるんですよね…

ただでさえ苦しいのに、自宅からも咎められてしまう感覚…

逆に、部屋がスッキリしていると、帰宅した瞬間に心の底から解放感を得られます。
家に帰ることでちゃんとリセットできる。メンタルを保つ基盤になってくれそうですね。

溜まっていたダンボールを捨てて取り戻した効力感

最近、夜遅くまで仕事をがんばってから帰ったある日。
ずっと邪魔だったダンボールをまとめて、ゴミ出しをしました。

「疲れてるけど、明日は資源ゴミの回収日だからやるか」と思い立っただけなのですが、これが驚くほど達成感がありました。
気持ちいい完了の実感と、さらには「私はちゃんと整頓ができる人間だ」という自己効力感をおぼえました。笑

多忙なときはついつい片付けを先送りにしてしまいがちです。
ただ、むしろそういうときほど、こうした小さな完了を放棄しないほうが、結果的に自分の心を健やかに保つことにつながるのだと思います。

整える動作を通して、自分も整う

私は服をたたむのが好きです。
自分の思う最適な畳み方で、固定のポジションに服を戻していく。

この一連の動作を通して、心が整う感覚がある。

今の私の仕事は、大きな組織を相手にし、一人ひとりのメンバーに働きかけるような内容です。

そこには「これが100点満点の正解」なんてものはめったにありません。
常に不確実なことばかりで、迷いながら探索し続ける毎日です。

でも、服のたたみ方には「自分なりの正解」があります。

無心で手を動かし、決まった形に整えていく。
この「手順通りにやれば、確実に正解にたどり着ける」という作業は、一種の瞑想のような救いがあると感じています。

結び

部屋を片付けて、常に帰宅時の解放感によってメンタルをリセットする。
そのベースの上に、服をたたむといった小さな「完了」を添えていく。

そうすることで、複雑な仕事の前に削られがちな自己効力感が、少しずつ回復していく感覚があります。

難しい仕事に、ただ明日もそこそこ機嫌よく向き合うために、今日も私は服をたたみます。

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